しかも、問いを出すためには、ある程度の理解や認識という土台がなくてはできません。対象に対する何の認識も持っていない人が自問することは、かなり厄介な作業になるからです。
たとえばそれは「ここまで分かっている」からこそ「次が分からない」というように、理解や認識の土台の上に疑問が生じるものなのです。
このように、問いを出すということは理解している部分と分からない部分とが区別できているということです。またそれは、対象について何が分かっているかを明確にする努力の成果として得られる、自分なりの対象認識だと言うことができます。

